【書評企画】社会的投資を知るための1冊【第2回】

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ARUNパートナー 長沼明子


「第四の消費」
三浦展(朝日新書、2012)

「共有・シェア」や「つながり・交流」というような言葉を最近目にする機会が増えた気がする。成熟社会だからこそ求められるキーワードかもしれない。

本書では、「消費社会」の段階として、現在は第四の時代に入っているという見方をとっている。第一の時代は戦前の、特に対象から昭和初期に広まっていった都市部を中心とした娯楽消費始まりの時代であり、第二の時代は戦後から行動経済成長期にかけて、一般家庭に大量生産品が普及し、消費が全国的に広がった時代である。オイルショック以降2000年前後にかけて、個人化が進み「自分らしさ」が求められ、消費志向が複雑化していった時代が第三の時代である。

そして第四の時代とは2000年を超えた頃から特に顕在化してきた「共費」の社会であると筆者は述べていく。この社会では単なる消費ではなく「消費を通じて人とつながりあえるか、もちろん消費でなくても、何かをすることで人と知り合えるか、交流できるか、というソーシャルなところに価値が置かれて」いる。この書をはじめに手に取ったのは、ARUNの活動に関わってしばらく経った頃であったが、自身のARUNへの関わり意識と重なってこの一節に納得をしたのを記憶している。

多くのARUNのパートナーが、経済的リターンを求めて投資をしているのではない。この活動に参加することで、人や情報とのつながりが増え、経験が増えることに魅力を感じている人が多いように見える。本書では評論家、山崎正和氏の『柔らかい個人主義の誕生』に書かれている、消費とは「じつは充実した時間の消耗こそを真の目的とする行動だ」という部分を引用して、まさに第四の消費時代ではその意識を持つ人が増え、そして行動しているということを、様々な例を挙げながら説明している。

社会的投資とは、企業が生み出す社会的価値にも目を向けて投資をしていくことで、意志あるお金を循環させる仕組みをつくっていくことでもある。社会的な課題解決とつながるということに「意志」が働くのだが、それだけではなく「充実した時間」を持ちたいという「意志」も含まれているのではないだろうか。どのような時間を持てば充実するかは人それぞれで、投資活動に興味がある人もいれば、投資先のストーリーに身近になるということに興味のある人もいるだろう。投資機関を利用するだけでなくクラウドファンディングを使って共感するプロジェクトを探したり、地域のコミュニティ基金に参加して地元活動を考えていくという人もいるだろう。

そのような流れが、まさに本書の指摘する「第四の消費」時代を表しているように見える。自分の時間とお金の使い方に対して感度が高まっている時代とも言えるように思う。消費も投資も、お金が動く瞬間的なことだけでなく、関わるという時間軸が含まれてきている。もちろん一瞬の消費もあるのだけど…と衝動買いしてしまったモノを眺めながら思いを巡らせた。

 

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