パートナーズエッセイ 「街道をゆく:カンボジア編」

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東京工業大学 花岡伸也

 

カンボジアを東西に横断する国道がある。首都プノンペンを中心として、東はベトナムとの国境まで続く1号線と、西はタイとの国境まで続く5号線がそれである。東京からイスタンブールまで続く アジアハイウェイ ( AH: Asian Highway )の 1号線 にも指定されており、カンボジアを代表する幹線道路である。また、アジア開発銀行が定めた大メコン圏( GMS: Greater Mekong Sub-region )の3大経済回廊の一つである 南部経済回廊 にも位置づけられており、バンコク-プノンペン-ホーチミンという3カ国の都市間をつなぐ国境を越えたクロスボーダー輸送の中核を担う。

 

2014 年 9 月中旬、日系大手トラック製造会社と花岡研究室との共同研究の一貫として、この南部経済回廊を完全走破する現地調査を実施した。全長約1,000km (カンボジア部分は 575km )をハイエースバンで走り、道路や橋梁の整備状況、舗装状況、交通量、走行しているトラックの種類、そして国境施設を観察するものである。クロスボーダー輸送では、いかに国境をスムーズに通過できるのかが鍵となる。よって、陸の国境通過を体験することも調査の重要な目的だ。プノンペンでは JICA と JETRO の現地事務所のほか、Ministry of Public Works and Transport を訪問し、インタビュー調査も実施した。

 

2015 年末に ASEAN 経済共同体( AEC: ASEAN Economic Community )が動き出す。AEC は ASEAN を一つの経済圏とするものであり、様々な行動計画がある中での最大の試みは「域内関税の撤廃」である。一部非適用とされる品目や猶予期間があるものの、AEC 成立により域内貿易の活性化が期待されている。大メコン圏(=インドシナ半島)は陸続きであるものの、5ヶ国間( T & CLMV )の貿易に利用されている主たる輸送手段は海上輸送である。正確な統計が存在しないことからそのシェアは明らかではないが、主要都市間輸送の 90% 以上が海路と言われており、陸路のシェアはほんの一部に過ぎない。その最大の理由は、海上輸送費用が陸路や空路と比較して圧倒的に低いからである。しかし、近い将来、この地域の経済発展に伴って「モノの価値」が高くなり、グローバルサプライチェーンが拡大する中で輸送時間の重要性が高まると、安くて遅い海上輸送から、高くて早い陸上輸送への転換が起こると予想されている。2030 年に大メコン圏の道路輸送状況はどうなっているのか、それを見極めるのが専門家としての私に求められている、そんな共同研究である。

 

初日の朝早くにバンコクを出発。タイの幹線道路は片側2車線で舗装状態は日本とほぼ変わらない。既にタイ国内は何度もドライブしたことがあり、沿道の風景も私にとって目新しいものではない。カンボジアとの最大の違いは自家用車の交通量が多いことである。タイでは自動車保有率が増加し続けており、都市間移動に用いられる幹線道路でも、トラックだけでなく自家用車が数多く走っている。アランヤプラテート(タイ)-ポイペト(カンボジア)の国境に到着。ここには、両国の出入国審査の間の領域 *1 に数件のカジノがある。タイ国内ではカジノが禁止されていることから国境に整備された。この国境は 2009 年にも通過したことがあり、今回が2回目。5年前の景色と変わりはない。

 

陸上国境通過は既に何度も経験している。島国に住む日本人は自国で陸上越境を体験できないが、クロスボーダー輸送を研究対象として世界の内陸国の現地調査を繰り返す内に、陸上越境が趣味になってしまった。5年前もそうだったが、この国境は混雑している。タイ側の出国審査には4つの窓口があり、並んでから出国までに 40 分近くかかった。カンボジア側入国も窓口が4つあった。タイの出国では1列に並ぶ形だったが、こちらは窓口別に並ぶ方式。空港でもよくあることだが、審査官によって入国手続きのスピードが全く違う。同じタイミングで並んだのに早い人は 30 分ほどで入国したものの、遅い人は1時間もかかった(私は遅い方...)。国境と言えば、Tea Money とも呼ばれる Unofficial Payment もある。今回、私以外の同行者がタイ側でやられてしまった。エボラ出血熱感染チェックを名目に体温を確認するというものだったが、検査を受けているのは西洋人と日本人だけ(中国人も受けていたかもしれない)でタイ人やカンボジア人は素通り、しかも検査員によって無料だったり料金を請求したりする。私は要求されなかったが、同行者の3名は1ドル支払っていた。ドライバーも国境施設を出るときに係員に言いがかりを付けられて Unofficial Payment を支払っていた。その後しばらくの間、「だからカンボジアはダメなんだ!」と、隣に座っている私に英語でぶつぶつ言い続けていた...こうして約2時間かけて国境を通過後、疲れた私たちは宿泊予定のバタンバンというカンボジア第2の都市へ向かう。国道5号線は一部の都市内を除きほぼ片側1車線である。舗装状況はタイほど良くはないがそれほど悪くもない。この道路は日本の ODA (円借款)で整備された。さらに、日本の資金で5号線の全区間を片側2車線に拡張する計画や、途中通過する都市にバイパスを建設する計画もある。今後の交通量増加を予測して計画されているものである。

 

2日目はプノンペンまでの移動である。道中、突如道路沿いに表れた「道の駅( Roadside Station )」(写真1)に立ち寄った。これも JAIF という日本の資金で整備されたものである。写真のとおり、きれいに整備されているがほとんど車は止まっていない。ラオスの幹線道路にも道の駅があり訪問したことがあるが、そこも全く利用されていなかった。理由は明確だ。カンボジアでは自家用車による長距離移動はほとんど無く、幹線道路はトラックと時折通る長距離バス、そして短距離移動する自家用車しか見られない。自家用車保有が国民に浸透するほどの経済成長を経るまで、この「道の駅」が利用されることはないだろう。整備のタイミングが早すぎたのである。今回立ち寄った際、十数名の人がいた。ドライバーから彼らに質問してもらったところ、何のことはない近隣住民の遅い朝食だった。日本で成功したことが海外で成功するわけではないことの典型例である。ちなみに,タイではどこのガソリンスタンドにもチェーン店系のコンビニやカフェ(時にはスーパーマーケットまで)が併設されており、大きな所は常々休憩する人々で賑わっている。「道の駅」はタイでこそ成功するのかもしれない。舗装はプノンペン近郊が最も悪路であった。雨期にたびたび浸水する部分もあるそうで、大規模な工事中であった。午後にはプノンペンに到着し、オープンして間もない噂のイオンモール を訪れた。カンボジアの物価で考えると非常に高い価格のレストランなどが並んでいるが、とても混み合っている。プノンペンが今後数年間で大きく変貌しそうな予感を感じる賑やかさだった。一方で、首都と地方は全く異なることを再認識できた。世界中のほとんどの国で、紛争さえなければ、首都であれば問題なく生活できると言われている。一時的な渡航者が貧困を強く感じることはない。しかし地方は違う。特に途上国では、首都だけを体験してその国を理解しようとするのは極めて危険である。

 

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写真1

 

3日目はプノンペン市内でインタビュー調査を実施し、4日目はプノンペンからホーチミンへと向かう。この日の最大のイベントはメコン川の通過である。国道1号線はメコン川を越えてベトナムへとつながる。現在は橋梁がないためフェリーで川を越えなくてはならない。ここも、日本の ODA (無償資金)により ネアックルン橋 の建設が進められている.フェリーは現在 15 分から 20 分に一本の頻度で運航されている。フェリーの混雑具合は事前に読めないようで、通訳によると、早いときは 10-15 分(待ち時間ほぼなし)から、ひどいときには 3-4 時間待つこともあるとのことだった。しかし国境とは異なり、今回は幸運にも待ち時間なく 10 分ほどでフェリーに乗ることができた。今年中に完成予定で、完成間近のネアックルン橋(写真2)も間近に見ることができた。この橋の完成により、プノンペンとホーチミン間の劇的な交通量増加が予測されている。南部経済回廊で最大のインフラ整備効果が期待されているのである。さらに、1号線沿いにホーチミンまでつながる有料高速道路を新たに建設する計画もある。1次産業や2次産業の成長に交通インフラは不可欠だ。生産物は消費地に輸送されて初めて売れる。これらのインフラ整備により、巨大都市であるホーチミンへの移動抵抗が減って輸送費用も低下することで、カンボジアの産業成長に少なからず寄与するのは間違いないだろう。

 

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写真2

 

バベット(カンボジア)-モクバイ(ベトナム)の国境ではおまけが付いていた。カンボジア出国は全く並ぶことなく通過できたものの、ベトナム入国施設の建物の中で多くの人が座り込んでいる。何が起きたのか聞いてみると、停電か何かにより入国審査に用いる電子システムがすべてダウンしてしまっており、手作業で審査を進めていたのである。すぐにアルバイトのような人が寄ってきて、1人5ドル払えば優先して審査してもらえる、というようなことを片言の英語で話しかけてきた。深夜便ではあるがこの日にホーチミンの空港から帰国する予定だった我々は、空港到着が遅れるのを恐れて Tea Money なのか手数料なのかよくわからない5ドルを支払い、入国手続きを待った。最終的に1時間弱待って無事に入国できた。少しばかり優先されたようだがよくわからない。ベトナムでは、国境から片側2車線の道路が整備されており、快調にドライブできた。そして,道路中にオートバイが溢れるホーチミンに飲み込まれつつ、空港には余裕を持って到着し、調査は無事終了した...

 

途上国を中心に世界各地を物流調査で走っている。カンボジアの国道は、残念ながらドライブを楽しめる道路ではない。タンザニアで感じたアフリカの広大な大地、カザフスタンで感じた荒涼とした草木のない山々のような壮大感がない。でも、やっぱり調査は楽しかった。今後も世界各地を道路から見届けたい。

 

*1 陸の国境を通過するときには、この数十メートルから数百メートルに渡る ” 中立 ” 領域が必ずある。この空間はどちらの国にも属していないような不思議な場所だ。

 

 

 

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