パートナーズエッセイ 「快適な社会」

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Partner 下田大輔

 

さて何を書きましょうか。

人様に見せる何でも良い文章を書くなんて小学校の創作作文以来な気がします。一応ARUNに関係なく、何を書いても良いらしいのですが、流石に大好きなスイーツの話で終えるのは気が引けるので、先日のベトナム出張で社会の快適さについて思うところあったので書いてみます。

 

■バイクから見えるベトナムという国

 

先日7~8月の2ヶ月間、出張でベトナム ホーチミンシティーに滞在しました。人の好さ、食べ物のおいしさは評判通りで、食べ物自体はヘルシーなのに、順調に太ってしまう居心地の良さでしたが、何が一番印象に残ったかといえば、そのバイクの多さ。ご存知の通り、ホーチミンといえばバイク大国で、私も知識としては知っていたのですが、さすがに目の当たりにするとかなりの迫力。もう交通量の半分以上、時間と場所によっては9割以上をバイクが占め、車がバイクに取り囲まれ、なぜ事故が起きないのか不思議な状況。歩行者はさらにその道路を横断し、それをバイクが勝手にかわし、たまにその中に自転車が混じっていたりと、平和ボケした日本人にはかなり刺激的な状況です。

 

ただ感じたのはそれぞれの乗り物、物体(バイク、歩行者、車等)が、有機的に絡み合って一つの街を形作っている印象を受けました。日本だと、赤は止まる時間、青は動く時間、1台の乗り物の後ろには車間距離を10mあけて次の乗り物が走る事と、決まったルール、約束に従いそれぞれが動いており、それはそれで安全面、効率等を考え抜かれているような気がするものの、案外お互いが適度な距離感を勝手にとって、行きたいところに向かっているホーチミンの方が効率的なのではないかと感じたりしました。実際スピード自体はゆっくりなのですが、あまり止まって待つという事がなかったので、気分的にかなり快適でした(運転はしたくないですけど)。

 

■「快適さ」とは何か

 

翻って日本(特に東京でしょうか)。そのインフラの整い具合、マナーの良さは他の先進国と比べても洗練されたものがあるかと思いますが、快適さという視点が欠けてはいないでしょうか。効率、回転率など数字で表されるものにやたらと過敏になり、誰かが快適さを求めようとすると、非効率、不謹慎等と言われてしまう、そんな風潮があるような気がします。通勤時には電車の隙間を埋めるように押し込まれ、職場では狭いオフィスに押し込まれ(うちの会社)、休憩するにもスタバの狭い席を必死になって確保する、快適さ等皆無に等しいです。

 

ちなみに私は電車が大嫌いでして、なぜあれだけ多くの人の中に詰め込まれなければならないのだろうと疑問に思い、結局会社の近くにアパートを借りて徒歩通勤をしています。その点バイクは自分の好きな時に、好きな場所に行けるなんて素敵な乗り物なのだろうと思います。

 

もちろんバイクにも弱点はあり、安全上の問題、天候に左右される、お酒が飲めないなどはありますが、それぞれ一長一短なので、その辺も考慮しつつ社会としての最適解を模索できれば良いと思います。そしてそれを推進するのが社会的投資としての存在理由ですかね。(ちょっと強引!?)

 

そこで社会的投資を評価するにも、ある活動がどれだけの快適さを人々に提供するのか、どれだけ先進的な社会を創り出そうとしているのか、どの国でも実現出来ていない事をやろうとしているのかという評価軸は重要だと思います。途上国への投資が逆輸入される様な、そんな事業が生まれたら素敵だと思います。

 

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